Jomon.net 日本語文法 新理論
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検索と非検索



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助詞は"扱い"



基本語形の表



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概念の扱い方を決める“扱い”(助詞)

ここで「助詞」について、少し丁寧に説明を試みたいと思います。

(1)「トマトを…」
(2)「トマトが…」

1.検索語

前のページでも述べたように、「トマト」というのは頭の中にあるファイルです。単語カードのように頭にストックされているもので、これが意識的な検索の対象となる“検索語”です。主に、「名詞」や、「動詞」「形容詞」などの「語幹」が“検索語”になります。

2.非検索語

「を」や「が」というのは「助詞」と呼ばれていますが、“検索語”と違って、私たちはこの「助詞」を無意識に選んでいます。
「食べる」の「る」などの「活用語尾」についても同様で、その選択を意識的におこなうことがまずありません。
そもそも「を」「が」「る」などは、実質的なものごとを意味しません。
これを“非検索語”と呼んでみました。
図の中で「を」がおこなうことを指して“手繰り”としてみましたが、これは「トマトを」と言ったとき、「トマト」=“手繰る対象”と認識していると要約してみたものです。

(3)「世界の恵まれない子供たちに愛の手を!」
(4)「神様、どうか私に勇気を!」
(5)「悪法の改正を。」

これらの文での「を」はいずれも「求め」や「必要」というような意味です。

(6)「橋を渡って最初の信号を右折です。」
(7)「私は毎日この山道を歩いてかよってましたよ。」
(8)「早くここを出た方がいいわね。」

これら文での「を」は、客観的に見ると「通過」であったり「分離」であったりを意味するようにも見えますが、対象となるものごとに対する主観の方向性を矢印にして表すと、“自分に面と向かった”ところから“自分の心へ”、そしてさらに“後方へ”という動きの方向性だけは共通しています。
これは(3)から(4)までの「を」とも共通するものなので、“前から後ろへ手繰る”という意味で“手繰り”という言葉に要約してみたところです。
「が」については、「トマトが」といった場合、主観が「トマト」を“指し示す”という意味になります。
私はかつて日本語教室で、“ポインティングの助詞”などといって説明していたこともありますが、「トマトは」というときの「は」が“フレーミング”で、「が」が“ポインティング”と、いつも二つの助詞をセットにして説明しておりました。

これからはなるべく和語で文法体系をまとめたいとの思いから、「ポインティング」は“指し”の一言にまとめてもよいのではないかと思っております。
それに対して「フレーミング」の「は」は、“限り”ということでどうでしょうか。

3.“扱い”

「トマト」:検索語、実質的な意味がある
「を」:非検索語、実質的な意味はない
「が」:非検索語、実質的な意味はない

「トマト」という実質的な意味のある語に、実質的意味のない「を」がくっつくと、「トマトを」となります。

そこで私たちの主観は、意識の対象となる「トマト」についての“扱い方”を決定します。

「トマトを」の場合は…

「トマトを自分に面と向かわせる」
「トマトをこっちに手繰る」
「トマトを自分の前から後ろにやる」

…といった意味になります。
これをまとめて、「を」とは「手繰り」であると要約してみたわけです。

「が」がくっついて「トマトが」となった場合は…

「トマトを主観が指し示す」
「主観がトマトに注目する」

…という意味になります。
これをまとめて、「が」とは「指し」であると要約してみたわけです。

「助詞」は、くっついた検索語の“扱い方”を決定するものと見て間違いはなさそうです。
しかしこの「助詞」という用語、「助ける詞」ということになると、本サイトの立場からは、その機能を正しく言い表してはいないということになってきます。

そこで、本サイトでは今後「助詞」を“扱い”と呼ぶことにしたいと思います。


平成18年4月15日  興津 諦
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