jomon.sumpu.net from Suruga, Japan
静岡市駿河区から日本語・パングラム・車・等々の内容をお届けする『縄文ネット』. デザイナーで日本語教師の興津諦が個人運営.  

名物と、街づくり。

もう古い記憶になるが、学生時代に自転車を飛行機に乗せて西欧を一人旅した時、最初の国、イギリスへ行ってつくづく感じたことである。

高校時代にチャーリー・チャップリンの研究をしていたので、チャップリンの生まれ故郷であるロンドンの南部へ行った。ケニントンロードなどがそれであった。たった一箇所、「Charles Chaplin lived」と記した地味なプレートの取り付けられたアパートがあったが、他には特になにもなし。それでも『チャップリン自伝』に出てくる何か所かを写真に何枚も撮っていたら、壁に映画のチャーリーをかたどった大きな看板のあるパブを一軒見つけた。パブの名前は特にチャップリン由来のものではなかったと思うが、はっきりチャップリンゆかりの地とわかるのはどうやらその店だけであった。

これが日本だったらどうだろうか。少なくともチャップリンの銅像ぐらいはあるだろうし、チャップリン饅頭や、せめてチャップリンキーホルダーぐらい売っていてもおかしくないところである。なにしろここから出た世紀の大芸術家である。世界中にその名をとどろかせ、世界中の人々を笑いの渦に巻き込んだ大天才であるのだから。

昨年は娘たちを連れて柴又の帝釈天にお参りする機会もあったが、あそこの参道もすごいことになっている。故渥美清さんの演じた車寅次郎のキャラクターはそこら中で笑っているし、とらやの原型はうちだとばかりに団子屋も並んでいて、果たしてどこがそのオリジナルなのかはわからない仕組みになっている。

日本人の感覚なら、柴又のあの浮かれ方も、当然のこととして受け入れることができるが、ケニントンロードとその周辺のロンドンっ子たちは、いったい何を考えているのだろう。

想像するところだが恐らくこれは、まず何よりも先に、そこに住む人々の生活があるということではないだろうか。その土地がいかなる有名人を輩出したにせよ、現に今そこに住む人々の生活こそが優先されるべきであって、住民たちはその土地をたった一人か二人の有名人の色に染められたいとは考えないのではないかと思う。

観光名所になって遠方からカメラをぶら下げた集団が年中押し寄せているような街にするか、それとも他の街と同様に、住民の住みよい街にするか、その二者択一だとしたら、ロンドンっ子たちは迷わずその後者を選択しているということなのではないのだろうか。

それでいて、かのチャーリー・チャップリンを生んだ土地であることに密かな誇りを持ってもいる。それで十分だろうし、それ以上何を望むというのだろうという話なのである。
051031

日曜午前

長女が予定通り4時前に起きてきてCS放送のアニメが始まったので、雨の降る中を一人ジーノで伊豆へ向かった。午前中に帰宅すると告げての「半日」ドライブである。

この写真を撮った韮山(にらやま)の反射炉に寄ったころはまだ薄暗く、それから山を越えて伊東へ下り、伊東市南部の城ヶ崎(じょうがさき)海岸に着いたのが6時50分ごろ。どちらも観光名所であるが、反射炉はまったくひと気なし、城ヶ崎には早起きの太公望ぐらいしかいなかった。

観光名所とされる所には、この韮山の反射炉のように、一度来たら二度と来たくはならないような所がまだあるようだ。つまり「みやげ」だの「そばうどん」だの「コーヒー」だの「ラーメン」だのといった、二目と見られない醜悪で巨大な看板が、どこにいても視界に入ってくる類の「名所」である。韮山の反射炉は特にそれがひどい。この写真にはそうした見苦しい物が写っていないが、あとほんの数メートル引いたところで撮れば左右にそれらが写ってしまう。大体ここは史跡のはずであるから、学生や子供たちが勉強に来る場ではないのだろうか。伊豆の国市(旧:伊豆長岡町、韮山町、大仁町)には即刻周辺の看板を撤去すべく条例を制定してもらいたいものである。

さて普段なら渋滞ばかりで通る気のしない伊豆東海岸であるが、早朝はさすがに空いていてどの道路も快適そのものであった。東伊豆町の北川(ほっかわ)に立ち寄り、また南下して熱川(あたがわ)の温泉旅館で風呂を借りた。タオルなし700円。取り立てて立派な風呂場ではなかったが、湯は天然温泉100%保証の掛け流しということで、予防接種のため昨夜我慢した入浴を一人完全貸し切り状態で堪能させてもらい、ここまで来た甲斐があった。(熱川の写真はasian1000のページに掲載。)

そのまま河津まで下って、天城を経由し、帰りだけ沼津インターから東名高速を利用して、帰宅したのが午前11時ちょうどだった。ETCがついたので財布のカネは差し当たり減らないが、あとからクレジット会社の請求が来て引き落とされるので借金を増やしながら走っているような気になる。

帰宅してみると娘たちは二人して川向こうの公園まで自転車で遊びに行っていた。長女にウィルコムのPHSを持たせてあるので、昼だから戻ってこいといった用件がすぐに伝わる。世の中なにかと便利になったものである。
051030

雨の土曜、いろいろ。

我が静岡市駿河区に昨日より「セントラルスクエア静岡」という新しいショッピングセンターがオープンしたので、午前中、インフルエンザの予防注射をした後で行ってきた。
11月3日がグランドオープンだとうたっているが、昨日から開いている。駐車場のループ走行が楽しいくらいの広い駐車場(1,704台だそうだ)があり、売り場は1階と2階のみだがかなり面積がある。
一通りの店が揃っている(?)が、ユニクロがないのが残念。
(ユニクロは、このショッピングセンターよりも我が家からはるかに近いところにあるのだが、もっと遠いところに移転予定だという。)
売り場全体を散歩して、次女の靴を買って、子供たち二人分の「けーたま」とやらを買って、ミスタードーナッツに寄ったところで退散した。
これまではイトーヨーカ堂へ行くことが多かったが、距離にして2、3キロは近いので、これからは便利に使わせてもらうことになりそうだ。

今週は、我がセカンドカーであるミラジーノ1000にETCをつけた。
そしてきょうは、情けない音だった純正ホーンを立派な物に交換した。
軽ボディーの小さな1000ccであるが、またなんだかえらく立派になったように思える。

毎晩なかなか寝てくれない長女が、今夜は7時そこそこで就寝した。
健康状態は至って良好なのであるが、明日早朝のアニメが目的らしい。
ちょっと調べてみたら、『キノの旅』というアニメ番組で、明朝4時からCS放送がある。
長女はこのところこれに夢中で、学校の図書室から小説を借りてきては読んでいる。
文庫本なので買ってやってもいいのだが、かなりの長編で何巻あることやら…。
4時に起きるには何時に寝たら十分寝られるか、それを指で逆算して出た答えが「7時就寝。」であったようだ。

今回は背景画を入れてみた。先日ご馳走になったスズキさんのお姿である。
051029

災いと無知税、そして危機管理。

災いによって財産や命を失ったり、多大な医療費や住居費がかかったりすることがある。
しかしその災いから身を守り、財産を守るために、あらかじめの知識が必要だったとして、その知識の決定的な不足によって損害の大きくなることがあるとすれば、それは無知税であるということにならないだろうか。

例えば、地震や大雨にきわめて弱い土地を、そうだと“知らずに”購入して家を建てれば、いざという事態になって土地や建物の購入費用が無駄だったということになり、それで家族が死んだり、大きな医療費が必要になったりすれば、「税」額はさらに膨らむ。

そんな土地を宅地として売った側や、かつて安全だった土地を開発するなどして危険な土地にしてしまった側が法律によって裁かれ、被害者が救済されてくれれば良いが、法律も行政も、なかなかそこまで面倒を見てくれるとは限らない。

そうなると、知識や情報のある者、あるいは運の良い者が「免税」となり、知識や情報のない者や不足している者、あるいは運の悪い者は「課税」されるという現実になってくる。「課税」を防ぐためには運に頼るべきでなく、知識・情報を集めるべきであるといって間違いない。

そもそも法律や行政というものは、不特定多数が概ね安全に暮らせるように配慮するものでしかないから、自分がその「不特定多数」に入れてもらえるという保障まではしてくれない。だから自分の命は自分で守り、自分の財産は自分で守るという心掛けは決して欠かせないものなのである。

“自分”を守るということは当然ながら“家族”を守ることでもあるが、家族が単独でどうにもできないような状況にあれば、隣近所と協力し合い、家族より大きな“地域”単位での防御策を講じなければならない。それより大きなグループとなると“地方自治体”であり、さらに大きくすれば“国家”となるが、大きい方がしっかりやってくれているからといって安心していたら、自分の家族だけが例外的に不幸な目に遭うという可能性もあるから、どこまでいっても自分と家族だけは、自分たちで頑張って守り続けるほかはないのである。

たとえば、「今度の台風は大きな被害が予想されたが、幸い、全国でたった一軒の家が土石流に呑み込まれただけでした。」などという総括をすることがあるかもしれないが、呑み込まれた家族が「幸い」であるはずもない。自分の家族が土石流に呑み込まれたら、それはもうどんな小雨によろうが途方もなく悲惨な災いだったということになるのだ。

どんな災いが自分や家族から掛け替えのないものを奪うかは予測ができない。
マクロの情報がいくら豊富であっても、ミクロな災いに襲われたら意味のない情報でしかない。もちろん、だからといってミクロな災い情報ばかり集めても片手落ちとなるが、個人的な危機管理が不十分だったと後で悔いるような事態だけは避けたいものである。

* * *

昨年末、弟を失った。弟がバイクに乗らず、四輪に乗っていたらこんな事態にはならなかった。失ったものは途方もなく大きく、生き残っている自分は弟にとって何の役にも立たぬ存在でしかなかった。

そんなことを考えても仕方ないから、自分の子供は幸せに育てたいと考えて暮らしている。バイクには絶対に乗せないし、なるべくバスや電車で暮らして欲しいとも思う。テロや疫病の危険のあるところへは絶対にやらないつもりだし、夜の公園などへは、たとえ彼氏同伴であっても歩かせないつもりである。

しかしどうだろう。そんな心掛けでさえあれば良いというものでもないのではないかと、また思う。つまり、身の安全さえ確保されたらそれで良いのか、という疑問である。

あらゆる危険の中には、言葉では説明のできないものも含まれるからだ。
051028-2

わざわい

「さいわい」と「わざわい」は恐らく反義語であろう。「わい(はひ)」という形態素は「味わい」「賑わい」などの、今でも動詞として使われるものと本来は同じであったのだろうと想像できる。「さいわう」という動詞は古文には出てくるらしい。

そんなことはともかく、やるせない気持ちになるのが、これから襲ってくるといわれる災いである。

バンダアチェやパキスタンの震災もひどかったが、十年前の神戸の震災も大変な数の犠牲者を出した。アメリカではハリケーンで貧困層が命や日常生活を奪われた。これらは自然災害であるが、日本にまた大きな震災が襲うであろうという前提のもとに、行政や研究機関が多分、がんばっている、みたいである。しかし来てしまったらどうしようもない。庶民にできる準備といえば、せいぜいが今住んでいる所より安全とされる場所に引っ越すことであろうが、それとて現実的でないという境遇にあるのが普通であるから、対策など取りようがないのである。

いま世界が慌てふためいていることに「鳥インフルエンザ」「新型インフルエンザ」の流行がある。日本でも感染した養鶏場があったが、そのうちあんなものでは済まない事態も起こりうる。これも自然災害のうちなのだろうか。これがもし、地球の自己治癒力による《人類=皮膚病》の自己治療であるというなら、天災+震災+疫病というトリプルパンチで地球人口は減少の方向に向かうのかもしれない。鳥インフルエンザがその前兆という見方もできるかもしれないわけだ。また言うまでもなく、HIV感染も大変な疫病である。かなり良い薬が開発されてきているとはいっても、貧困層にまでは手が届かない。アフリカなどの遠方だけでなく中国でも猛威をふるっているから、日本もそのうち大変なことになってくるのかもしれない。

環境保護も結構だが、その自然環境に人間が殺されないための防御策にこそ真剣に取り組むべきであろう。

さしあたり、明日は親子三人でインフルエンザの予防注射に行く予定である。
051028

無知税、年間数十万円。

一昨日ここに掲載したCRTモニタートラブルの話は、真実を知らずに「寿命」と、間違った判断をすればそれで十数万円がかかるという話であるが、昨日の「ダイエット」商品の話も、ダイエットの何たるかを知らなければ、やはり年間数万円ないし数十万円という無駄な出費が増えるだけで何の効果も得られない、つまり大事なカネをドブに捨てるだけ、という話である。

どちらも“無知”からくるもので、知識や経験のある者なら一切必要としない無駄なカネを、無知な者はずっと払い続けるという話である。
これは“無知税”とでも呼ぶべきであろう。

昨日は「馬鹿」「馬鹿」を連発し見た目に悪いコラムとなったが、そうした「馬鹿」は、もちろん私自身も気付かぬところでいくらでもやっているはずだ。馬鹿だったと気付けば以後やらなくなるのが愚行であるが、気付かないことに関しては、誰でも無駄な出費を続けることになる。

これまでに自分が犯してきた馬鹿を考えてみても、気付いていないためにわからないことの方が多い。もしかするとあれが馬鹿だったか、これが馬鹿だったかと思うことはできても、それが本当に馬鹿だったかどうか、はっきりとはわからない。わからないのは知識がないからである。

わかってない状態から脱するには、わかってる人に指摘してもらうのが一番である。だから医師の言うことはなるべく聞いた方がいいし、何事につけ経験者は尊い。

もっとも冒険好きであること、好奇心旺盛であることは必ずしもデメリットばかりとは限らないから、人に聞くより先に自分でやってみるという姿勢も否定しきれるものではない。ただし、冒険にはお金と時間が非常にかかるという認識は必要であろう。
051026

ダイエットにカネをつかう馬鹿さん毎度!

経済産業省がきょう、ダイエット枕とやらの通信販売業者に業務停止命令を出したらしい。

なんでも、よく眠れるだけでなく、寝るだけで痩せる枕なのだそうだ。(笑)
ちょっと聞いただけで嘘とわかるそんな馬鹿馬鹿しい広告を出す方も出す方だが、それを信じるという馬鹿がいるということの方が驚きであり、信じられない話である。

そのインチキ枕に限った話ではない。
ダイエットというと、「ダイエット商品」なる商品ジャンルがある通り、これを買って使えば痩せるだの、これを食べれば、飲めば痩せるという、まことにクダラナイ商品が溢れている。そんなのを信じてお金を遣う馬鹿が世の中にわんさといる、なんとも馬鹿が多いことである。

もっとも、中高生ぐらいなら、あり得ない話を信じたとて仕方ないことではある。
昔からよく週刊誌や漫画誌の後ろの方に、これを持っているだけで女にモテるだの、運がついてくるだのという、馬鹿馬鹿しい商品広告があったものだが、小中学生ならつい信じてしまうところだ。
どんなに馬鹿馬鹿しい嘘でも、信じさせて金を遣わせれば商売は成功する。あとで被害を訴えられたとしても、そんな馬鹿商品を買うような馬鹿は当の広告さえ自分に都合の良い部分しか目を通してないから、「但し書き」など読んでいない。
「ほら、ちゃんとここに但し書きが書いてあるでしょう」と言われたら訴えを退けるほかない。

ダイエットに関しては、一応成功した者の一人として、自分の得た、馬鹿みたいに単純な知恵を以下にまとめておく。
  1. 食い過ぎないよう食べる量、つまり食費を減らすこと。
    金がかからなくなるのがダイエットである。
  2. 栄養が偏ったりカロリー不足にならないように、
    「栄養成分ナビゲーター」などで勉強すること。
ダイエット食品に手を出すのは、「食べたいのをどうしても我慢できない!」という人であるらしいが、
「我慢できない」=「ダイエットできない」
…なのである。
我慢できないけどダイエットはできると思うのは馬鹿である。そういう馬鹿がいる限り、馬鹿を騙して金儲けをたくらむダイエット業者がなくならないのであろう。
051025

CRTモニターのトラブルが解決

もう何か月もの間、会社で使っているCRTモニターの調子が悪くて悩んでいた。

モニターの解説書を見てもわからず、これはきっと寿命だろうと思った。それで新しいモニターを買ってもらうと考え、メーカーサイトでどれがいいかと新製品などをチェックしていた。これが良さそうだという液晶モニターがあったので、15万円ぐらいするが、会社に頼んでみた。

ところが今日またネットで調べていたら、調子の悪いCRTモニターが治りそうだということになった。
症状は、白黒のコントラストがきつい時に、右側に墨をこすったように影が長く出るもので、「スミア」というらしい。ビデオ関係などで詳しい人ならご存知かもしれない。それを治すには、高周波がどうのという説明で、自分にはさっぱりわからなかったのだが、別の「影が出る」という症状の治し方を試してみたところ、治った。

どうやったかと言うと、コンピューターとモニターをつなぐケーブルを、今まで机の上に這わせていたものを、上に吊ってみたという、ただそれだけである。それだけで画面はすっきりときれいになった。

新しい液晶モニターは買わずに済んだ。というより、買ってもらえなくなったというべきか。
051024

日本晴れ

真新しい雪を戴きここまで晴れた富士を見るのはこの秋初ではなかろうか。
本日午前11時45分ごろ、静岡市内の日本平山頂より撮影。手前は清水港である。
051023-2

靖国「問題」

フジテレビの「報道2001」で、まだ靖国神社参拝について議論されていた。
ものを知らない中国人も出て来て流暢な日本語でなんだかのたまっていたようだが、「抗議する」とか言っていた中国当局とて、本音を言わせたら「もうどうでもいいってことで…。」という方向に向きつつあるはずである。

邱永漢先生などは「経済が政治を変える」とまで仰っているが、経済によって変わらざるを得ないその筆頭が現実問題、中国政治なのであって、東アジア・東南アジアの中では一番ずれたことを続けてきている。もうこれじゃまずいと彼ら自身、気付き始めているはずなのである。

日本国の総理大臣が、自らの信条に従い靖国の英霊に感謝と哀悼の意を捧げることは、日本の政治家として国内向けには当然の心掛け、義務であって、それを続けることが中国などの日本に対する理解を得ることになる唯一の方法であろうということで間違いないのではあるまいか。

「日本人の宗教観=外交問題の障害」であるとまでは、いくらものごとに無知な中国人でも言わないはずである。それを言い出したら、「中国人の宗教観あるいは中華思想=世界最悪の外交問題」であるという事実をこそ認める方向に墓穴を掘るしかないからだ。

思想・信条・宗教は、個人および集団に認められた自由であり権利であるというのが現代の常識である。そこにはすでに議論の余地などない。
それが他国に押しつけられた時は、二者間における一方的な人権弾圧の淵源となるが、直接的な原因は政治であって、その政治が思想・信条・宗教から飛躍して悪事をおこなったということになる。

つまり問題は政治そのものであって、思想・信条・宗教ではない。政治は思想・信条・宗教が災いをもたらさぬようその範囲を限定する役目を負うものなのだ。

日本の政治は、戦後60年を見ての通りである。見ての通り、日本人の宗教観などが他国に強制されたことは一度とてなく、常に他国・他文化を理解する努力をのみおこなってきた。

対して中国はどうであったか。中国当局が最も恐れるのは、それを指摘されることなのである。
異文化の民への人権弾圧、あるいは大虐殺、さらに思想の異なる自国民の2000万人におよぶ大虐殺、あるいは宗教そのものへの弾圧と破壊。中国がおこなってきたこうした悪事は紛れもない事実として世界が周知するところであるが、その専制政治の力によって、自国民には知らせぬよう、いまだに検閲などの情報統制と超偏向教育を続けている。

これを指摘され、中国人民が事実を知ってしまったら、現在の中国政権は一瞬のうちに破滅する。

それを最も恐れているのが中国当局であるから、日本の靖国神社の問題をどこまでも食い下がって抗議することなど絶対にできないのである。それをいつまでも騒いでいるのは阿呆である。阿呆は特に日本人の中に多いのではあるまいか。
051023

パーフェクト・パングラム・デスク 9周年

『パーフェクト・パングラム・デスク』を開設してまる9年が経った。
私がインターネットを始めたのはそもそも、パングラムを普及させることが目的だったのだが、開設当時は1996年、ヤフージャパンが始まったばかりのころで、28.8キロモデムを鳶の鳴き声のようにピーヒョロヒョロと鳴らして繋ぐインターネットの世界はまだスカスカで、ヤフージャパンのディレクトリ登録も、「推薦」すれば必ず掲載された。

9年経つ間に、『パーフェクト・パングラム・デスク』のURLは、3度の引っ越しをしている。
初めはアスクネットさんで、次がODN。いずれもプロバイダーのレンタルスペースであった。
それから現在レンタルサーバーとして利用させてもらっているシーサイドネットのサブドメインに引っ越し、2003年に現在の「jomon.sumpu.net」ドメインとなった。「jomon.sumpu.net」ドメインは当初、1年間込み込みで1万円という格安サーバーを借りていたが、安いなりに調子が悪かったので、またシーサイドネットのサーバーに移った。

9年前の開設当初は、ヤフージャパンなどで「パングラム」を検索しても、ヒットするのは自分のサイトだけだったが、きょう現在では同じヤフージャパンで203件、グーグル(9年前にはなかった検索エンジン)で193件もヒットするようになった。もちろん、いずれも検索結果の筆頭に出るのは『パーフェクト・パングラム・デスク』である。

また、英語サイトをYahoo!(米国)で検索しても「pangram」でヒットしたサイトは確か10もなかったと記憶している。そのうちの1つとは当初からリンク交換をしている。(The pangram page

この9年間、たくさんの読者から投稿作品をお寄せいただいたり、多くの雑誌や書籍で紹介もされた。最近では、といってもすでに3年前になるが、日経新聞でも紹介され、そこに掲載されたURLをキーボードで入力して見てくださった方も少なくないようだ。(日経新聞には、国内勤務で記者をしている従兄がいるので、彼が担当記者に紹介したのかと思ったらそうではなかった。冷たい従兄なのである。)紙媒体はまだまだ健在といっていいのだろうか。

「パングラム(pangram)」という単語は英語であるが、実は英語で生まれ育った英語の国の人でもこの単語を知らない人がほとんどである。それもそのはずで、日本語で「いろは(以呂波)」と言えば「パングラム」を指すことがあるのに対し、英語にはそんな古典的で完成度の高いパングラムは存在しないのだ。

日本語の仮名に1字ずつ母音が入っているのに対して、ABCでは母音と子音が別々なので、完璧なパングラムを作ろうとすると母音が足りなくなって困難を極める。そういうことをやってみようという人は普通では考えられないのではあるまいか。もちろん、英語に限らず、ローマ字で表記されるあらゆる言語や、キリル文字、ギリシャ文字などでも同様である。それが日本語の仮名であれば、小学生でも完璧なパングラムを作ることができる。

そういった事実を『パーフェクト・パングラム・デスク』の開設によって多くの人に知ってもらいたかった。そしてその目的は着実に達成されてきているといってよいだろう。
051021-2

ウェブサイト改装工事

本サイトトップページのヘッダデザインが落ち着いた(!)ので、車関係を除くコンテンツのほとんどを統一デザインとするための大改装工事を昨日おこなった。
デザインに解答はなく、月日の経つに従い「新鮮」であるとか「こぎれい」であるとかいった基準は移り変わってゆくものなので、ずっとこのままにすることが、今のすっきり感を保つことにはなり得ない。(ただし、“芸術”の域に達すれば話は変わるだろうが…。)つまりまだ変わる可能性はいくらでもあるわけなのだが、基本となるレイアウト、この場合はテーブルタグの書き方になるが、それは変えずに、ヘッダとなっている左右760ピクセル/天地30ピクセルの大きさと、その3分割のしかた、つまり左側の幅が180ピクセル・中央の幅が420ピクセル・右側の幅が160ピクセルというこの分割は、とことん固定ということでがんばってみたい。
変えるにしても、ヘッダの画像がちょっと変わるぐらい、ということになれば、今後の改装工事が楽になるのだ。
051021

ベストシーズン

今朝7時ごろ、安倍川土手より望んだ富士山は霞んだ空の色とほとんど区別がつかず、目を凝らしてかすかに見えるのみであった。
それをデジカメにおさめ、Adobe Photoshopにてトーンカーブをいじってなんとか見えるようになったのがここに掲載する画像である。

今回は台風による雨風もなく、影響はただ秋らしい好天をもたらしてくれたことであった。

北西の空には白い月が大きく浮かんでいた。
051020

小泉首相靖国神社参拝に対する中国の抗議言動は日本に対する主権侵害でしかない。日本は今後「援助交際」をやめるほかに選択の余地はない。

はっきり言うべきことは標題に尽きる。
台湾独立派には「支持する」との声明もあったが、それとて本来は必要なく、中国による主権侵害への抗議として出されたものである。

日本国の主権維持に対して否定的な言動を見せる国は、もはや友好国と見なす必要もない。

日本人は性善説が過ぎるから、お隣さんだというただそれだけの理由で、戦後補償などすでにやりすぎるぐらいやってきて、さらにまだ謝罪しろと言われれば、はあまだですかと応じている。金を出してくれと言われれば、有り余ってるぐらいに金があるからだろうが、貧乏でまことにお気の毒な中国にこれでもかと援助をしてしまう。援助をすることで交際を成り立てるのを援助交際と言うらしいが、日本というお人好しは、日本に対して何もしてくれないどころか難癖をつけるばかりの中国とどうしても縁を切りたくないということのようで、いくらでも、欲しがるだけの援助をし続けている。日本は中国という未開の国の食い物であり続けてきたわけだ。言うべきことはいくらでもあったであろうに、言えば機嫌を損ねられるからということで何も言わずに来た。何も言わずに善意を見せ続ければいつかきっと通じて、未開の国も理解してくれるだろうと信じてきた。

結果は現状を見ての通りであり、この現状はひたすら悪化の一途である。好転する兆しは一切ない。好転させる唯一の方法は、未開の国から言われる通りにひたすら服従の態度を見せるしかない。そのうち領土も取られ、在日未開人の参政権を認め、さらに特別な権利をこれでもかと取られて日本の主権は非日本人のものとなる。実際その方向にひたすら進んできているのだ。

こんなことなら援助交際から一切足を洗うほかないだろう。彼らにもいま改めて、日本との交際の要否を冷静に考えさせることが必要なのであるから。
051018

異常者に自覚を促す方法とは?

きょう午前、小泉純一郎内閣総理大臣が靖国神社に参拝したので、中国等が「抗議」をしている。
首相の参拝を支持する側と抗議をする側というように二つに分けると以下のようになる。

▽支持する側
自民党の多くの議員、日本の遺族をはじめとする多くの良識ある日本人、台湾の本土派

▼抗議する側
公明党、民主党、日本共産党、ついでに社民党とやら、左に同調する日本人、中国政府、韓国政府、中国などを必要以上に恐れたがる日本人など

靖国神社がどういう神社であるかというその位置づけや役割に関わる解釈は個人や団体(日本政府も含む)の自由であるから、不戦の決意をもって個人として(あるいは内閣総理大臣として)参拝したというのであれば、誰からも非難される筋合いはない。
小泉首相の参拝も、実は難癖をつけて非難する側に根本的問題があるのは自明であり議論の余地など本来どこにもあり得ない。
それが日本でも反対する向きがあるのはなぜかと言えば、中国が反対するから、中国や韓国が難癖をつけて過剰に反応するから、という、つまり「近隣に異常者がいるから。」というのがその理由の唯一の発端なのである。

日本人には、是非そうした認識を持っていただきたい。

つまり、「近隣に異常者がいる」場合、靖国神社参拝はするべきか否かというのが、現状での問題認識の出発点となるわけである。
異常者は実に刃物を持っていて、こっちを狙っている。いつでもミサイルを飛ばしてくるだけの装備をしている。また、あろうことか異常者の国に渡って異常者に取り囲まれて暮らしている日本人も少なくない。異常者は集団でも行動するために、いつだったかの反日暴動のようになる危険性がある。そうした危険に対する認識も持たなければならない。

そうなると、安全を確保するために靖国神社参拝はやめといた方が無難、という選択も取りうる。

しかしもしそう選択すれば、異常者たちに自らを正常と認識させる助けとなってしまうのである。
異常者に異常者であるという自覚を促すのは無理っぽいともいえるが、なんとかそのうち異常であることに気付いてもらわねば、隣に住んではいられなくなる。しかも日本と中国、日本と韓国は、どうしたって隣であって、異常者の隣が危ないからといって太平洋を渡って引っ越しをするわけにもいかないのである。

だから何としてでも、異常者集団に自分たちが異常であるという自覚を促す努力を怠ることはできないのである。
その努力の一環として靖国神社を参拝したのであれば、小泉純一郎内閣総理大臣は立派な行いをしたと評価されるべきであろう。
051017

CASIO EXILIM P600


雨の連休に草津へ行って泥だらけのままだったビートをきょうやっと洗車したので、カメラの性能を最大限使っての写真を撮ってみようと考えた。

カメラはカシオのエクシリムP600。ISOを50、日が差していなかったため曇り空モードのホワイトバランスを選択、画質モードは最高となる圧縮なしのTIFFファイルとし、1枚あたり17メガバイト、シャッタースピードと露出はオートのままで撮影した。他にも設定を多少いじったと思うが、記録してないため忘れた。

ここに掲載したものは1辺を8分の1サイズに縮小したものだが、クリックするともとサイズの、TIFFからJPEGに変換した写真を別ウインドウで開く。それもあまり圧縮してないためかなり重いものとなる。

しかし、最初からJPEG圧縮で撮ったときとの画質の違いについては、まだよくわからない。恐らく、細部が多少良いのではないかとおもうが、以前にJPEGでもっときれいな写真が撮れたような気もしないではない。

ビートのページにも同じ写真をアップしたが、そちらはトーンカーブを多少いじってある。
051015-2

ぶどうたろう

盲腸炎になり二日続けて点滴を打って元気になってきた次女がなかなか寝ないので久しぶりに即興の「お話」をして聞かせた。題名は「ぶどうたろう」。

むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、一粒が大人のお腹ほどもある大きな大きなぶどうがどんぶらこっとと流れてきました。
「おやこりゃ大きなぶどうじゃわ」
おばあさんは大きなぶどうを引きずって家に持って帰りました。
おじいさんも帰ってきてびっくり。ふたりで大きなぶどうを引きちぎって食べようとすると、皮をむいて透き通った実の中に大きな大きな種が入っています。
実をみしみしとむしってみると、それは種ではなく、人間の赤ちゃんでした。
実は全部で23個、赤ちゃんが一人ずつ出てきて23人になりました。
赤ちゃんの名前は「ぶどうたろう」にしようということになりましたが、23人もいるので大変です。
そこで番号をつけて、「ぶどうたろう1号」「ぶどうたろう2号」「ぶどうたろう3号」「ぶどうたろう4号」・・・・・「ぶどうたろう23号」という名前にしました。
ぶどうたろうたちはみるみる大きくなって、みんなでサッカーをして遊ぶようになりました。ぶどうたろう23号は審判です。ぶどうたろう1号からぶどうたろう11号までがチームを作って、ぶどうたろう12号からぶどうたろう22号までもチームを作って2チームです。ぶどうたろうたちは裏山の広場で毎日毎日飽きもせずサッカーをして遊びました。
噂を聞きつけた爺古監督がやってきて、ぶどうたろうたちを日本代表にスカウトしました。
ぶどうたろうたちは大活躍をして、日本チームはワールドカップで優勝しましたとさ。

寝た。
051015

インターネットと放送局

インターネットでそこそこ会社を大きくしてきた企業が、ラジオ局やテレビ局の株を集めて「業務提携したい」とか、「メディア融合したい」とかいうことがあるようだ。

ラジオやテレビの方としては、「やれやれ…」というところだろう。

インターネットで大きくなった会社というのは、お金を持っているだけのことで、インターネットに関して他の追随を許さないようなノウハウを持っているわけではないからだ。
早い話が、どこの企業でも、やろうと思えばいつでもできる。それがインターネット事業なのである。

そもそもインターネットというのは、貧乏人が一気に金持ちになるチャンスを与えるものでさえあり、内容とタイミングさえ良ければいくらでも人とお金を集められる。それを既存の一流企業が本気で取り組んだら、それなりに成果を上げることができる。

ましてや放送局である。不特定多数への電波による告知ができるというのは、インターネット企業がどう逆立ちしてもできないことであって、それができないからインターネットだけで何とかがんばっているわけである。
つまり「業務提携」によるメリットの大きいのはインターネット企業の側であって、放送局はどこの会社もすでに立派なホームページを開設しているし、その規模を拡大する気になれば低コストでいくらでも大きくできる。放送局の側からインターネットの企業に教えてもらわねばならないようなことなどほとんどないのである。

例えばこのサイト「縄文ネット」であるが、現状では、毎日300ページ以上のアクセスと、100以上の異なる読者がある。
放送局で宣伝してもらったらきっと一気に百倍ぐらいのアクセスがあることだろうが、そこから読者数を保ち続けられるかどうかはひとえに内容に関わっている。内容がつまらなければ瞬間的に人を呼んでもまたさっと引かれてしまう。テレビでも雑誌でもネットでも、その点ではみな同じことである。

民間放送局というのは、スポンサーからお金をもらって運営しているので、番組内容がつまらないとスポンサーも引いてしまう。それでは商売にならないので、どこも必死になって「面白い」番組を作る。他の局に負けないよう必死になって競走を続けてすでに半世紀、そこにはにわか成金の理解など寄せ付けないノウハウが蓄積されている。テレビCMなら1本作るのに企業は一千万単位の制作費と億単位の電波料を注ぎ込んでいるが、インターネットで宣伝が成り立つのなら年間百万円もかからない。(ちなみに縄文ネットの運営費用は年間2万円程度である。)そこをテレビのために数億円をかけて数千万人に向けたCMを流すのである。要するに、内容にかける気迫も意気込みも投資額も、インターネットなどとは桁違い、というより比較するのも馬鹿げているわけである。

インターネットで大きなショッピングモールを運営しております、年間数百億円の売上がございます。だからどうした?である。
別におたくの会社じゃなくてもできることでしょう。おたくはタイミングよく始めたってだけのことでしょう。要するに放送局を敵に回したくないだけなんでしょう?放送局がその気になれば、インターネット企業なんて簡単に潰れますからね。

とまではっきり物が言えないのが放送局のつらいところではあるまいか。
051014

身内と他人の区別差別は人の道に反さず

人を生かすのが人のつとめと、簡単に言ってはみたが、生かすべき人というのがこの時代こうも多くなってしまっては、もう物理的に見ても地表のあらゆる人を平等にというわけにはゆくまい。

まず生かすべきはおのれであろう。おのれが生きる力において強靱でなければ、それ以外の人を生かすほどの力も発揮できぬ。
おのれが強くあり、まず身内を生かす、これも当然であろう。身内にかまわず隣の家を生かせば隣の家から好かれることすらない。
身内が一人残らず健やかならば、次は隣近所に困っている家はないかと気を回す、あれば助ける。これも当然であろう。
そうして仕舞いには最も大きな身内に至るが、それが日本というこの国である。

「ひのもと」「やまとしまね」「あきつしま」「しきしま」「あしはらのなかつくに」「とよあしはら」「みづほのくに」「おほやしま」「ふさう」…などといった異名を並べれば、美称さえもが照れなく郷愁をさそい、おのが国こそおのれには最も良い国であると思いたくなる。それが人情というもので、我々は先祖代々その思いのもとに国を築き、子孫を繁栄させてきている。

「身内」の最も大きなもの、それがこの“葦原の中つ国”なのであるが、それを更に拡げて、「東アジア」であるとか、「自由主義国家」であるとかいう具合に「身内」を拡げ、さらには「地球人類みな兄弟」とばかりの美辞を掲げるのも理想ではあるが、あくまでも「まずは身内から」というのが本来であり順序であるから、日本にかまわず隣の国を生かそうとするような振る舞いは隣の国からの信用も得られない。もしそれをやるのであれば、ふるさとの身内や隣家あるいは日本の国や民から信任を得た上でやるべきであって、そうした当たり前の手続きを省いてはおのれが日本人ですらなくなってしまい、ましてや相手の国に信頼される可能性も薄い。

自国を否定して他国の肯定に走るような者がやって来たとき、そんな者を仲間に迎えることの危うさを誰しも意識と認識の筆頭におかねばならないのは、いかなる国・文化においても常識であろう。
身内やふるさとを否定する者に他国を肯定する素養などあり得ないのである。

さてこの時代は、地表に人口が増えすぎた、さあどうしようという段階に入った。貧しさゆえに飢えて死にゆく民があり、貧しさゆえに災害になされるがままの国がある。

ともあれまずは己が強い力をもつことである。
強い民が強い日本を作り、強い日本があってこそ、貧しい民や貧しい国に救いの手を差しのべられる。

しかしもし、かの国と日本と、どちらかしか生きられぬという極限に迫られれば、我々はまよわず日本を生かす道を選べば良かろう。身内は日本にあり、日本こそが身内であるのだから、自分と身内がともに死んで他人を助けようなどと思えば、それは神をも恐れぬ傲慢な態度と考えるべきであって、身内ごと命を投げ出すことに人の道などあるはずもないのである。

パキスタンの被災地では救援物資が不足しているというが、昨日のニュース映像でも、支給されたわずかな毛布を奪い合う被災者が映し出された。
大柄の男が二人の女と争って強引に毛布を奪って立ち去る様子だったが、彼を非難する資格をもつ者などいないのではないかと思えた。
彼には守るべき身内がいたはずである。もしそうでなくおのれ一人の欲望にまかせての振る舞いならば非難されて当然だが、彼には守るべき身内があったはずだ。身内を守るために毛布を奪い合ったのであれば、それはもう仕方ない。腕力の強い者こそが毛布を得て身内を守ることができるのである。そこで譲っていては、守るべき身内を守ることができない。おのが子供を凍えさせても他人に毛布を譲りましょうという態度を美しいと見ることなどできまい。
051013

どこまでが地球の意志か、人は何を為すべきか

何事につけ責任を負わず「神の意志なり。」と言う人もあるようだが、果たしてこのガイヤ理論は、人間が生き残りをかけて殺し合うことをどう説明するのだろうか。
もし殺し合いそのものまでが地球の意志であるとするならば、我々人類は、生きるために他者を殺して許されるものなのか。
しかしこの解答は簡単であろう。
つまり、「神の意志」「地球の意志」というのは、いずれも責任の転嫁にすぎぬということである。
従って、他者を殺すという行為はどこまで行っても人道に反するということである。

人道に反する行いが横行するようになることを一つの“現象”と捉えれば、その現象は間違いなく地球の意志であり、また神の意志であると見ることができる。しかし、人類の意志が神の意志・地球の意志と合致する必要はどこにもないのだ。

そもそも神や地球の意志など、人類の理解を超えている。理解を超えたものを理解したとほざくのは明らかな思い上がりであり詐欺に他ならない。
詐欺を真理と仰ぐから(理解できぬことを理解したと思い込むから)、宗教対立や思想対立が激化する。
人類が人間であるのなら、“人の道”つまり“共存”という共有可能な価値観の範囲を拡げる努力こそが尊いのであって、対立要因を増幅する努力の総ては“悪”であると知るべきなのである。

人を殺すのは地球と神だけであれば良い。人は人を生かす為にのみ生きれば良かろう。
051012

地球の自己治癒力

地球には自分の病を治す力があり、人類は地球の病気だという理論がある。

そしてその治癒力は、確実に発揮されて、皮膚病である人類は増えすぎた人口を急激に減らすときがくるという。

ガイヤ理論というのだそうだが、昔それを読みかじって慄然とし、またなぜか安堵する自分がいた。

人口が激減することに安堵するのは不謹慎であるが、地球人口がこのまま激増を続けることへの不安はどうしてもあって、その恐怖は否定しようがない。

かといって、万単位で人が死んでゆく様子を聞くのもまた恐怖である。自分と自分の家族や友人、隣人に襲いかかる災厄を喜ぶなどという人情はあり得ないからである。

しかしまた考えざるを得ないのは、増えすぎた人間の渦に巻き込まれて生き残りの殺し合いに加わるか、あるいは地球の力に押し流されて皆でまとまって死ぬか、ひとり冷静になっての、二者択一である。

生きることが許される人口の限度を超えていると知りながら、なおも自分と仲間だけは生き残ろうとすることが美しいはずもない。

パキスタンには昔行ったこともあるが、そこで今、数万人が瓦礫に埋もれて死んでいるという。
安らかに眠ることができた人々に、魂の平安を祈るばかりである。
051011-2

富士山が雪化粧をした朝

今朝は通勤途中に安倍川の土手から富士山がよく見えた。空は曇っていたが富士山はくっきりとよく見える、時にはこういうこともある。
今朝の富士山は山頂から九合目あたりまでにかけて、今年初めての雪化粧をしていた。写真を撮ってご覧いただくべきだったが、それほど時間の余裕がなかったのでお許し願いたい。
昼休みに改めて見ると、雪は山頂付近にまだわずかに見えただけでほとんどが溶けており、もとのすっぴんに戻っていた。
051011

草津温泉

写真はしばらくお待ち下さい 3連休の日曜、月曜を利用してロングドライブ、群馬県の草津温泉に行って来た。
ロングドライブといっても、片道250キロ程度なのでさほど遠くはないのだが、静岡市から東西へ向かう場合と違って高速道路はないためほとんどが一般国道利用となり、なかなか時間がかかる。また、静岡県より山梨県、長野県、群馬県と走るので、地元ナンバーが変わってゆく過程だけ見ても遠くへ来た感がある。

天候は、自然の景観を楽しめるはずの行楽には最悪と言ってよく、常に糠雨など降っていた。
行きには八ヶ岳が見えるはずの辺りを走り、草津近くでは浅間山なども見えたのかもしれないが、景色は一切なしのドライブになってしまった。

群馬県というのは、言うまでもなく関東地方である。関東の行楽地に行き、首都圏の人々が集中するところへ行くと、さも首都圏外の行楽客などお呼びでないとばかりに人と車でごった返している。
行きに軽井沢を経由しようとしたのも大失敗だった。静岡県中部以西ではお目にかかれない大渋滞に遭遇してしまったためだが、これは事前に連休の伊豆を想像しておくべきだった。休みの日の伊豆など、首都圏の車で大渋滞だから安易な考えで行くべきでないということは、当然ながら知っていたのである。

「草津良いとこ」と言われて今まで行ったことがなかったので、どうしても一度行っておきたいと思ったためのドライブだったが、なるほどこれが草津かと頷くところは多かった。
特に風呂は良かった。泊まった宿の「岩風呂」は、草津中心部の「湯畑」から引いているという湯だったが、ちょっと強めの匂いと肌触り、湯上がりの爽快感など、これぞ名湯と思わせるもので、申し分ないものだった。
051010

さよならSUV

スポーツタイプ多目的車というのがある。SUVというのが通称になっている。
いわゆるジープなどを原型とするモデルで、国産車では三菱のパジェロであるとか、トヨタのランドクルーザーであるとかいった、かなり大きな車体に大きなタイヤのついた車である。
このタイプの車が、危険であるという研究報告が、イギリスの医学雑誌に発表されたそうだ。

危険というのは、乗員のことではなくて、はねられた場合の歩行者のことである。
SUVというのは、もともと背の高い車であるが、ボンネットがまた非常に高く、その高いボンネットではね飛ばされたらひとたまりもないということは容易に想像がつく。

私は子供のころ、後方から走ってきたスバル360という軽自動車にはねとばされたことがあるが、宙を舞って着地し、大した怪我もなかったのでそのまま家に帰ろうとした。しかし車はフロントガラスがすっかり割れてばらばらになっており、運転していた不注意な運転手はおろおろしていた。
私が無事だったのは、スバル360のボンネットが円くて低かったせいだろうと思う。あれがもしボンネットバスだったら死んでいたかもしれない。

しかしSUVへの風当たりは、この研究結果だけではない。このところのガソリンの高騰によって、もうその時代は終わったと囁かれているのである。

しかし考えてみたら、あの形状をなんとか改善し、燃費も良くしたらいいだけのことであるから、おそらくこれからはまったく新しい車種として登場してくるはずである。

そのときはもはやSUVとは呼ばれないのかもしれないが、それはそれで結構なことではないだろうか。
051007

疫病

NHKが、なかなか大胆な中国取材番組を放送している。「クローズアップ現代=中国 エイズに苦しむ村」
「中国の光の部分ばかり目を向けがちなんですけれども」と言いつつ、中国の農村部でHIV感染が拡大している実態と、無知な人々による激しい差別、当局の対応の大きな遅れなどについて、おなじみキャスターの国谷裕子さんが紹介してくれた。といっても、大した中国批判はしていないが。

南アフリカでは全人口の6人に1人が感染者だそうで、年間40万人もの人々がエイズで亡くなっている。最近では良い薬があるのだそうだが、高価で買えない人が大半を占めるような貧困層にこそ感染は広がっている。中国の農村部というのもまさにそうした事情があって、いまだに年収が日本円で2万円とか3万円という人々に薬が買えるはずもないのである。
051005

女勝負師

きょう日本女子オープン最終ラウンドが戸塚カントリークラブで行われ若い宮里藍選手が二位以下を引き離して初優勝したそうだ。宮里選手はまだやっと二十歳で、23歳で優勝した樋口久子選手の最年少記録を更新とのこと。この記録、その実力もすごいが、それに伴う人気も大変なもののようだ。

日本一になるほどの人というのは、やはり子供のころからそれなりに相応しい環境にいたのだろうと思われるが、宮里選手はなんと4歳からゴルフを始めたのだという。

しかも彼女は日本一にとどまらず、第一回ワールドカップという大会の団体戦では優勝、全英女子オープンでも堂々の11位と立派な成績を積み上げてきており、今後とも世界での活躍が期待される。もしかするとタイガー・ウッズのような大選手になる可能性だってある。

実はゴルフはとんと疎い。やったこともないに等しく、たった一度だけタイのバンコク郊外にあるゴルフ場でコースを回ったことがあるが、練習場でクラブを振る練習もしたことがなかったからずっと空振りで、たまにかすって転がった球の後についてひたすら歩いていた。28歳のときだったが、それ一回でゴルフは懲りている。

しかし女子ゴルフをテレビで見るのはわりと好きな方で、それももっぱら助平根性で観ている。ゴルフの女子選手には、なぜか昔から特別な色気を感じるのだ。岡本綾子選手と結婚したいと思ったこともある。

女性の色気というのは普通、体の線であるとか身のこなしであるとか可愛さであるとかに感じるところだが、ゴルフの選手ははっきりいって色っぽい服装もなければスタイルが良いという人も少なく、特別美人というのも、昔のローラ・ボーみたいな美人はほとんどいない上に、美人選手だからといって魅力的だと感じたことはない。

ではどこにそう感じるのかと考えるのだが、どうやら女勝負師という生き方と、そういう生き方をする女性の特別な存在感やその厳しいまなざしにたまらない魅力を感じるようである。チームプレーではだめなのである。バレーボールなど、一人ではできず何人も束になって運動しているようなスポーツでは、たとえ臍が見えようとも魅力はさほどない。また同じ一人でも、マラソン選手だと地道すぎて博打性に乏しいから勝負師とは映らない。女子のボディービルダーに色気がないように、マラソン選手にも色気はほとんどない。だからむしろ、ビリヤード選手であるとか、麻雀師であってくれた方が色っぽいと思う。

孤独と孤独との熾烈な戦いに勝ち抜いてくる勝負師の強さや集中力というものが自分には決定的に欠けているので、その自分の不足を補うために、強い勝負師がパートナーであってくれたらいいなあという憧れがあるのかもしれない。
051002

ボク、じょーもん坊や。
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このところ、ここの上に検索窓をつけております。気が変わってまた変える可能性もあるので「縄文ネットの履歴」には載せずにおきます。ヤフージャパンとGoogleの検索窓は、ボタンを自分で作りました。また、テキスト入力欄をGoogleと揃えております。ヤフージャパンオリジナルのHTMLソースはこちらです。どれもちょっと大きすぎたり派手だったりするんですよねぇ…。
051022
この日曜と月曜に、PPD作例集へのアクセス数がなぜか急激に跳ね上がっておりました。恐らく現在も普段にない多数のアクセスが続いているものと思われます。原因を調査しておりますがまだわかりません。どこかアクセス数の非常に多いサイトにてリンクが貼られたものと推察しておりますが、何か情報がございましたら是非、お知らせ下さいますようお願い致します。
051018
今日は「富士山初冠雪!」というニュースが各メディアでも流れているようです。ニュースで聞くより自分で見る方が早いこともあるというのは静岡に住んでいるおかげです。
富士山頂に最初に雪が降る「初雪」の方は、山頂の富士山測候所で行われてきたのですが、例年9月の初旬あたりでした。
富士山頂というところは、実は一年中ほとんど雪が降るので、どの雪が「初」かとはっきりしないところがあって、年間の最高気温のあとを「初雪」としてきたのだそうです。
ところが昨年9月、富士山頂の測候所は、初雪の観測をやめてしまいました。それで今年は「初雪」報道はなく、麓から雪化粧が見えたという意味での「初冠雪」のみの報道となったんですね。
ちなみに、富士山が“すっぴん”で見られるのは、大体7月ごろから9月ごろまでの3か月間だけで、あとはずっと“お化粧”をしています。
051011
10月になりました。昨日伊豆の某峠では気温22度と出てましたが…暑い静岡です。今日は日中室温が30度近くありました。夜は夕涼みがてらアイスクリーム屋へ行ってきました。値段もいいけど味もいいです。月に一度ぐらいは食べたいもんです。
051002
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、きょうは台風がはるか沖を通過して陽射しもまた強くなり、日中をオープンカーのビートで走るには、まだちょっと早いかなというところです。なにしろうちのビートにはエアコンがないんですねぇ。めっきりと言えるほど涼しくなるのが待ち遠しい!
050925
最近1か月(30日)のアクセス数の状況です。
当サイト内ページへのアクセス:9,399ページ
アクセスしてくれた異なるホスト数:3,354ホスト
050923
イギリスからの来客が先週から我が家に滞在中です。
こうして実際密に接していてとにかくありがたいのは智慧をいただけることです。
日本人にはない智慧があって、日本人には気付かないところに智慧を発揮している。それが異文化と接する良さなんだなあと、またつくづく思うところです。
050906
最近1か月(30日)のアクセス数の状況です。
当サイト内ページへのアクセス:9,078ページ
アクセスしてくれた異なるホスト数:3,143ホスト
050823
東アジアサッカー選手権大会2005 決勝大会、昨夜は日本対北朝鮮でしたが、1−0で負けてしまいました。日本が本来のらしさを発揮できていなかったこともあるでしょうけど、北朝鮮はタイでのワールドカップ予選の時とは見違えるチームになってましたねぇ。監督が替わったおかげでしょうか。日本は部分的にはジーコジャパンらしさというか、ちょっとブラジルっぽいサッカーを見せてくれていた気がしますが、その悪い面が出たんでしょうか。しかし北朝鮮は必死でしたね。タイでの無観客試合がもし韓国でサポーター付きで行われていたら、怖いチームだったかもしれませんね。
050801
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