当サイトにおける日本語文法研究の梗概です。


日本語に規範となる文法はまだありません。
日本語教師と日本語教育のために行われている文法も、
単に間に合わせのものにすぎません。

それは日本語文法に関わる学問の未発達ということ以前に、
言語学の基礎理論が至って危ういものでしかないためです。

当サイトの研究は、その基礎理論を再構築し、
間違いだらけの日本語文法と、
日本語辞書における文法的項目のすべてを書き換え、
日本語を母語としない人々に
もっとわかりやすく日本語を学んでいただくことを
究極の目的としております。
さらには、コンピューターが自然な日本語を話す時代を切り開きたいとも考えます。

最も基本となる考え方としましては、
語には二種類あるということ。(それ以上の品詞の特定はまだできません。)
それが次のようなものであるということです。

意義部:(山、川、雲、動き、流れ、走り、美し、など)
語義がある。他言語に翻訳も可能。
・認識の対象となる客観的な事象と厳密に照合して用いる
検索して論理的に用いる
・社会規範に則って用いる

形態部:(〜だ/〜だった、〜る/〜た、〜い/〜かった、〜が、〜を、など)
語義はない。他言語に翻訳は困難ないし不可能であることが多い
認識の形式を伝えるべく発する
・検索せず感覚的・感情的に発する
・話者主観を発する

このうち、形態部について、私たち日本語を母語とする者は、
頭で考えて使ってはいないということ。
ただ単に、思った・感じたことを無意識に発しているだけということです。
この無意識の形態部運用は、日本語を母語とする私たち全員が、
等しく身につけている能力
です。

そのような形態部の正確な意味を特定することが、
当サイトの当面の研究となります。


各認識の形式は、たとえば次のようなものとなります。


▽「動詞」とされる語の語尾(語義はない)

(見)る:請け合い形式の認識
(見)た:受け止め形式の認識

▽「形容詞」とされる語の語尾(語義はない)

(高)い:請け合い形式の認識
(高)かった:受け止め形式の認識

▽「名詞」とされる語などの語尾(語義はない)

(山)だ:請け合い形式の認識
(山)だった:受け止め形式の認識

▽助詞(語義はない)

(私)は:取り立て形式の認識
(私)が:指し示し形式の認識
(私)も:非取り立て形式の認識
(私)を:引き寄せ形式の認識

これらは発話によって伝えられる認識のあり方であって、
「語義」とは明確に異なります。
話者の主観と認識の対象との対立関係において、
話者主観がどのような形式をもって認識しているか
ということを表す(伝える)
ものです。

請け合い形式:話者主観が認識の対象を請け合う認識形式
受け止め形式:話者主観が認識の対象を受け止める認識形式
取り立て形式:話者主観が認識の対象を取り立てる認識形式
指し示し形式:話者主観が認識の対象を指し示す認識形式
非取り立て形式:話者主観が認識の対象を取り立てない認識形式
引き寄せ形式:話者主観が認識の対象を引き寄せる認識形式


©13 May 2007 興津 諦(Akira Okitsu)